ねねちゃんです。
小太朗のお友達でした。

先日、お散歩をしているところに、出会いました。
久しぶりでした。
ねねちゃんはとっても大人しくて、今まで吠えたところを見たことがありません。
(小太朗もよくそう言われてたけどね。。。ふふ)

ソフトバンクのCMの“おとうさん”に似てるでしょ(笑)
あのCMのわんこ、ダブルキャストだそうですね。
♂と♀だそうで、
♀の本当の名前も、ねねちゃん なんですって。(^^)
「大人しいねぇ〜、いいこねぇ〜」
となでなでしてあげたら、
ねねちゃんの飼い主さん、
「小太朗君もいいこだったのにね。。。」
と、涙ぐんでました。
ありがとう。
親戚も友人も知人がひとりもいないこの岡崎にきて、
小太朗のお散歩のお陰で、沢山の素敵な人にも出会えました。
小太朗のお友達でした。

先日、お散歩をしているところに、出会いました。
久しぶりでした。
ねねちゃんはとっても大人しくて、今まで吠えたところを見たことがありません。
(小太朗もよくそう言われてたけどね。。。ふふ)

ソフトバンクのCMの“おとうさん”に似てるでしょ(笑)
あのCMのわんこ、ダブルキャストだそうですね。
♂と♀だそうで、
♀の本当の名前も、ねねちゃん なんですって。(^^)
「大人しいねぇ〜、いいこねぇ〜」
となでなでしてあげたら、
ねねちゃんの飼い主さん、
「小太朗君もいいこだったのにね。。。」
と、涙ぐんでました。
ありがとう。
親戚も友人も知人がひとりもいないこの岡崎にきて、
小太朗のお散歩のお陰で、沢山の素敵な人にも出会えました。
今回の豪雨でバッチイお水に浸かってしまったマイカーの
クリーニングをお願いしようと、愛知○○○トヨタに電話をしたら、
女性事務員、「エンジンがかかるならここまで持ってきて下さぁい」
↑
この指示自体、本当はおかしいと、後で知りました。
車に詳しい方の話だと、
どのような状態か把握もせずに、走行させるのは、いけないらしい。
なにも知らない私は運転してもっていきました。
えーーー。
この後、詳しく書こうかしらと思ったのですが、
だらだらと文章を並べるだけになりそうなので、
言いたいことをまとめました。
愛知○○○トヨタには、これから先、修理を頼まない。
なぜなら、
この店は細かい点検もしてくれず、修理をする気もなく、買い替えを客に勧めることしか頭にないから。
◆きちんと、診断もせずに、たぶんたぶん、で
今回、最初に言われた金額は、
最低60万、100万かかっても元に戻らない
と言われた。
「たぶん、水に、ハンドルあたりまで浸かっていると思う。
こうなったら、コンピューターは、完全に壊れている筈だから、
もう、走行はできないと思う。」
と、説明された。
↓
しかし、水はハンドルまでは絶対浸かっていない筈。
車の外側についた汚れでわかるから。。。そして、
「買い替えは絶対しない」を強く強調。
「車に詳しい人にいろいろ相談するつもりだ」と言うと、
↓
走行に必要な修理代は、数千円だった。
◆クリーニングにもこれから手配するので、時間がかかる(1週間でも無理)
なんて2日後に言い出す。
↓
「持っていったのは、私が一番だったのに、後回しにされたのだから、
代車位は出してほしい」
と言ったら
↓
慌てて、手配。翌日の夕方7時には、できた
◆運転席の位置をかえる装置が全く利かない。取替え必要と言われた。
↓
私がよく見たら、席の横に置いてた地図帳が水を吸って膨れている。
これが座席を押しているんじゃ?
と取り除いたら、
↓
全く問題なく動いた。(その位、ド素人の私でも気付くのに。。。)
◆私が最初に運転して持って行った時には、オーディオは大丈夫だったのに、
翌日の電話では
まったく電源がきていないので、取替えが必要と言われる。
↓
「よく、わからないけど、最初は大丈夫だったんだから、
それから、なにかあって、ヒューズとかがとんだということは
考えられないか、調べてほしい」
「とりあえず、走行に問題がない事なので、
今回、こちらで取替えはお願いしない」
と言った。
翌日引き取りに行ったら。
↓
「何かのはずみで、元に戻ってました。
全く問題なく、動きます。よかったですね」
なぁーんて、恥ずかしくもないのか、全く。
そもそも、この一部始終、説明をするのが、
作業服を着た実際に点検してくれた人ではなく、
ワイシャツにネクタイ姿の社員、というのも私は気にいらなかった。
実際、どの人が担当したのか、知りたい。
それから、
この非常事態の中、
私が最初に車を持って行った朝、
店内には、事務の女の子だけで、
うしろの方で、朝礼なんかをのんびりやっていた。
で、後の説明では
「○○さんが、いらした時すぐに、私が拝見できていれば車の状態をみてあげられて、もっと説明もできたんですけどね・・・・」
なんて、トボケタ事を言って、すぐ、責任逃れをした。
この車は10年以上乗っているボロボロ君です。
そろそろ買い替えも必要でしょう。
まして、今回、水に浸かったことで、これから先、不具合もでてくると思います。
クリーニングにかけたけれども、完全には臭いはとれないでしょう。
でも、これは、父親からもらった車です。
そして、小太朗を後部座席にのせて、通院を1年以上もしましたから、
今でも振り向くと、そこに小太朗がいるような気がするし、
後ろから私の運転を見守ってくれているような気持ちになるから。
少しでも長く乗り続けたいのです。
他人から見れば(まして、車屋さんから見れば)
ボロボロの車で、もう価値なんかないと思うでしょうが、
私にとっては、とっても大事な車なんです。
クリーニングをお願いしようと、愛知
女性事務員、「エンジンがかかるならここまで持ってきて下さぁい」
↑
この指示自体、本当はおかしいと、後で知りました。
車に詳しい方の話だと、
どのような状態か把握もせずに、走行させるのは、いけないらしい。
なにも知らない私は運転してもっていきました。
えーーー。
この後、詳しく書こうかしらと思ったのですが、
だらだらと文章を並べるだけになりそうなので、
言いたいことをまとめました。
愛知
なぜなら、
この店は細かい点検もしてくれず、修理をする気もなく、買い替えを客に勧めることしか頭にないから。
◆きちんと、診断もせずに、たぶんたぶん、で
今回、最初に言われた金額は、
最低60万、100万かかっても元に戻らない
と言われた。
「たぶん、水に、ハンドルあたりまで浸かっていると思う。
こうなったら、コンピューターは、完全に壊れている筈だから、
もう、走行はできないと思う。」
と、説明された。
↓
しかし、水はハンドルまでは絶対浸かっていない筈。
車の外側についた汚れでわかるから。。。そして、
「買い替えは絶対しない」を強く強調。
「車に詳しい人にいろいろ相談するつもりだ」と言うと、
↓
走行に必要な修理代は、数千円だった。
◆クリーニングにもこれから手配するので、時間がかかる(1週間でも無理)
なんて2日後に言い出す。
↓
「持っていったのは、私が一番だったのに、後回しにされたのだから、
代車位は出してほしい」
と言ったら
↓
慌てて、手配。翌日の夕方7時には、できた
◆運転席の位置をかえる装置が全く利かない。取替え必要と言われた。
↓
私がよく見たら、席の横に置いてた地図帳が水を吸って膨れている。
これが座席を押しているんじゃ?
と取り除いたら、
↓
全く問題なく動いた。(その位、ド素人の私でも気付くのに。。。)
◆私が最初に運転して持って行った時には、オーディオは大丈夫だったのに、
翌日の電話では
まったく電源がきていないので、取替えが必要と言われる。
↓
「よく、わからないけど、最初は大丈夫だったんだから、
それから、なにかあって、ヒューズとかがとんだということは
考えられないか、調べてほしい」
「とりあえず、走行に問題がない事なので、
今回、こちらで取替えはお願いしない」
と言った。
翌日引き取りに行ったら。
↓
「何かのはずみで、元に戻ってました。
全く問題なく、動きます。よかったですね」
なぁーんて、恥ずかしくもないのか、全く。
そもそも、この一部始終、説明をするのが、
作業服を着た実際に点検してくれた人ではなく、
ワイシャツにネクタイ姿の社員、というのも私は気にいらなかった。
実際、どの人が担当したのか、知りたい。
それから、
この非常事態の中、
私が最初に車を持って行った朝、
店内には、事務の女の子だけで、
うしろの方で、朝礼なんかをのんびりやっていた。
で、後の説明では
「○○さんが、いらした時すぐに、私が拝見できていれば車の状態をみてあげられて、もっと説明もできたんですけどね・・・・」
なんて、トボケタ事を言って、すぐ、責任逃れをした。
この車は10年以上乗っているボロボロ君です。
そろそろ買い替えも必要でしょう。
まして、今回、水に浸かったことで、これから先、不具合もでてくると思います。
クリーニングにかけたけれども、完全には臭いはとれないでしょう。
でも、これは、父親からもらった車です。
そして、小太朗を後部座席にのせて、通院を1年以上もしましたから、
今でも振り向くと、そこに小太朗がいるような気がするし、
後ろから私の運転を見守ってくれているような気持ちになるから。
少しでも長く乗り続けたいのです。
他人から見れば(まして、車屋さんから見れば)
ボロボロの車で、もう価値なんかないと思うでしょうが、
私にとっては、とっても大事な車なんです。
先週木曜日の夜から、金曜の朝にかけての集中豪雨。
すごかったですよ。
テレビでも沢山放映されたから、
岡崎市、いっぺんに有名になったわねぇ。
(でも、いい事で、じゃないからね)
我が家はマンションの上の階なので、無事でしたが、
零時過ぎから、2時間位、サイレンがなってました。
あれって、避難勧告だったみたい。。。(苦笑)
ベランダから外を見ていたら、
あれよあれよと言う間に、人の腰位まで、水位がきてしまって、
ほとんど川の状態の交差点で、動けなくなった車の窓から
人が脱出してたりと、
まるで、テレビでも見ているようでした。(恐かったよ)
気になって仕方なかったのが、
ちょっと離れたところにおいていた車が。
駐車場、ちょっと道路より高いから、大丈夫だよなぁ
と、思っていたら、甘かった。。。(泣)
朝、水がひいてから見に行ったら、
駐車場には、沢山の人が。。。。
ずっとハザードランプがつきっぱなしの車なんかもあって、
私の車も駄目かな、と思ったのですが、
私の車の駐車の位置が、この駐車場の中でも、
ちょっと上の方だったためか、
座席の下に水は溜まっていたものの、
エンジンをかけたら、一発でかかった。(周りの人、驚いてた)
でも、どうしたらいいのやら、全く解らずにいると。
横を通りかかった男性がいろいろ教えて下さいました。
(うふ、こんな時、美しいって、トクね。)
↑
本当は、きっと、この男性、敬老の気持ちをもったボランティア精神がいっぱいの人なのよね。へへへ。
「この車、エンジンまで多分やられていないから、良かったね」
「でも、お掃除はプロにしてもらわないと、駄目だよ。
すぐそこの愛知○○○で、やってもらえば」
と言われ、電話して、私が運転してもっていきました。
ところが、
このお店(怒)
続きは、今日の夕方過ぎに帰ってくる筈の車を見て、
それから、店の言い分を聞いてから、また書きます。
すごかったですよ。
テレビでも沢山放映されたから、
岡崎市、いっぺんに有名になったわねぇ。
(でも、いい事で、じゃないからね)
我が家はマンションの上の階なので、無事でしたが、
零時過ぎから、2時間位、サイレンがなってました。
あれって、避難勧告だったみたい。。。(苦笑)
ベランダから外を見ていたら、
あれよあれよと言う間に、人の腰位まで、水位がきてしまって、
ほとんど川の状態の交差点で、動けなくなった車の窓から
人が脱出してたりと、
まるで、テレビでも見ているようでした。(恐かったよ)
気になって仕方なかったのが、
ちょっと離れたところにおいていた車が。
駐車場、ちょっと道路より高いから、大丈夫だよなぁ
と、思っていたら、甘かった。。。(泣)
朝、水がひいてから見に行ったら、
駐車場には、沢山の人が。。。。
ずっとハザードランプがつきっぱなしの車なんかもあって、
私の車も駄目かな、と思ったのですが、
私の車の駐車の位置が、この駐車場の中でも、
ちょっと上の方だったためか、
座席の下に水は溜まっていたものの、
エンジンをかけたら、一発でかかった。(周りの人、驚いてた)
でも、どうしたらいいのやら、全く解らずにいると。
横を通りかかった男性がいろいろ教えて下さいました。
(うふ、こんな時、美しいって、トクね。)
↑
本当は、きっと、この男性、敬老の気持ちをもったボランティア精神がいっぱいの人なのよね。へへへ。
「この車、エンジンまで多分やられていないから、良かったね」
「でも、お掃除はプロにしてもらわないと、駄目だよ。
すぐそこの愛知○○○で、やってもらえば」
と言われ、電話して、私が運転してもっていきました。
ところが、
このお店(怒)
続きは、今日の夕方過ぎに帰ってくる筈の車を見て、
それから、店の言い分を聞いてから、また書きます。
大正庵釜春本店
<2008年8月訪問>
愛知環状線“中岡崎駅”と名鉄“岡崎公園駅”がある駅前ロータリーのすぐ横にあります。
立派な外観で、かなり目立っています。

近くには、“八丁味噌の郷”もあるので、
もしや観光客むけ一回限りのようなお店では、とちょっと心配しましたが、全く違っていました。

入り口を入るとすぐに、ガラス張りの部屋でうどんを打っている人が目に入ってきます。
ちょっと期待が膨らみます。


天婦羅釜揚げうどん 1540円を頂きました。

天婦羅はごま油の香りがしてて、からっと揚がっています。
なかなか美味しい。

うどんは、すごくコシが強いというわけではありませんが
お湯の中にあっても、最後まで、ドロドロになることもなく、シコシコしてます。


つけつゆは、辛口。
甘みはほとんどなく、うどんがキュッっとしまる感じ。
鰹節のお出しがとてもよくでていて、
私は、この味はかなり好みでした。
薬味も別の器にたくさんあって、嬉しい。

お値段はちょっと高めかと思いましたが、この美味しさなら納得の価格でしょう。
店員さんのほとんどは、若い女性。
言葉使いがとても丁寧。
はにかむような笑顔が可愛いい子ばかりで、
一生懸命店内を動く姿にはとても好感がもてました。
・・・この後のことは、今回書く事を躊躇ったのですが、敢えて書かせていただきます・・・
店員さんの中に、おひとりだけ(?)、年配の女性がいました。
もしかしたら、このお店の女将さん(?)かもしれません。
この方の、言葉使いが実にひどいものでした。
客に対してタメゴです。
不快でした。
そして、調理場の中でもおしゃべりを沢山してましたが、とっても大きな声で話すので、
近くの席に座った私達には、話が丸聞こえでした。
内容が担当したお客さんのことだっただけに、そんなことまで言っていいの?と思う程。。。
若い店員さん達がこんなに気持ちのいい接客をしているのに、
「おばさん、しっかりしてよ」・・・・・・と、おばさん竜海が云う(笑)
う〜ん、日頃の自分も振り返りました。
近くの“八丁味噌の郷”で、お味噌蔵の見学等を楽しまれてからでも、
立ち寄られてみてはいかがかと思います。
駅のすぐソバです。(ウドンのお店ですが。へへ)
所在地 愛知県岡崎市中岡崎町6-9
電話番号 0564-21-0517
営業時間 11:00〜22:00
定休日 不定休
powered by TomiryuMap
<2008年8月訪問>
愛知環状線“中岡崎駅”と名鉄“岡崎公園駅”がある駅前ロータリーのすぐ横にあります。
立派な外観で、かなり目立っています。

近くには、“八丁味噌の郷”もあるので、
もしや観光客むけ一回限りのようなお店では、とちょっと心配しましたが、全く違っていました。

入り口を入るとすぐに、ガラス張りの部屋でうどんを打っている人が目に入ってきます。
ちょっと期待が膨らみます。


天婦羅釜揚げうどん 1540円を頂きました。

天婦羅はごま油の香りがしてて、からっと揚がっています。
なかなか美味しい。

うどんは、すごくコシが強いというわけではありませんが
お湯の中にあっても、最後まで、ドロドロになることもなく、シコシコしてます。


つけつゆは、辛口。
甘みはほとんどなく、うどんがキュッっとしまる感じ。
鰹節のお出しがとてもよくでていて、
私は、この味はかなり好みでした。
薬味も別の器にたくさんあって、嬉しい。

お値段はちょっと高めかと思いましたが、この美味しさなら納得の価格でしょう。
店員さんのほとんどは、若い女性。
言葉使いがとても丁寧。
はにかむような笑顔が可愛いい子ばかりで、
一生懸命店内を動く姿にはとても好感がもてました。
・・・この後のことは、今回書く事を躊躇ったのですが、敢えて書かせていただきます・・・
店員さんの中に、おひとりだけ(?)、年配の女性がいました。
もしかしたら、このお店の女将さん(?)かもしれません。
この方の、言葉使いが実にひどいものでした。
客に対してタメゴです。
不快でした。
そして、調理場の中でもおしゃべりを沢山してましたが、とっても大きな声で話すので、
近くの席に座った私達には、話が丸聞こえでした。
内容が担当したお客さんのことだっただけに、そんなことまで言っていいの?と思う程。。。
若い店員さん達がこんなに気持ちのいい接客をしているのに、
「おばさん、しっかりしてよ」・・・・・・と、おばさん竜海が云う(笑)
う〜ん、日頃の自分も振り返りました。
近くの“八丁味噌の郷”で、お味噌蔵の見学等を楽しまれてからでも、
立ち寄られてみてはいかがかと思います。
駅のすぐソバです。(ウドンのお店ですが。へへ)
所在地 愛知県岡崎市中岡崎町6-9
電話番号 0564-21-0517
営業時間 11:00〜22:00
定休日 不定休
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昨日帰ってきました。
内緒(^^)のコメントやメールを下さった方々、
ありがとうございます。m(_ _)m
皆さんのブログの方に、お邪魔しますね。^^
お陰様で、父は順調に回復をしております。
完全看護の病院なのですが、年齢が年齢なので、許可を頂きまして、
私も一晩、病院に泊まりました。
父とふたりだけで、こんなに長い時間一緒だったのは、本当に久しぶりでした。
父の事をこのブログに書きたいな、と思うと、やはり戦争の事になってしまいます。
ちょっと真面目な竜海になって、戦争のお話を書きたいと思います。
(面白くないわよ〜〜笑)
私の父は、大正生まれです。
鹿児島の半農半漁の家の長男として生まれ、兄弟は、10人以上。
地元の小学校を卒業して、上京。
知り合いの家から、東京の学校に通い、大学は、ある政治家の書生をしながら、通っていました。
大学卒業後、就職。
しかし、その時をまっていたかのように、赤紙が父の元にもやってきました。
陸軍兵として中国内陸へ。
戦争を体験したひとりです。
今の時代、実際に戦争を体験した人の生の話って、なかなか、聞くことが難しいと思います。
私は、父親が40過ぎに生まれた子供でしたから、
同年代の人に比べれば、沢山、戦争の生の話を聞いて育ちました。
戦争の話は、子供の私には、大変衝撃的な内容ばかり。
それでも、たぶん、感受性の強い私を思って、父は、残酷な部分はかなり省いて話してくれてたと思います。
よく、聞かされたことをちょっと書きます。
テレビの戦争ドラマの中では、兵隊さんは、死ぬ時、
「天皇陛下、ばんざい」
と言って、死んでいきますが、こんな人は、滅多にいない、と。
なかには、半分やけになって、大声でそう口走って、亡くなる人もいたそうですが、
ほとんどの兵隊さんは、
「おかあさん」
とちいさく呟いて、死んでいったそうです。
陸軍といっても、毎日、銃撃戦をしていたわけではなく、
ほとんどが、歩いてばかりの毎日だったそうです。
初めて、銃撃戦になって、逃げていく中国人の背中に銃口を向けた時、
父は、
「この人にも、家族がいるんだろうな。ここで、自分がこの人を撃ち殺したら、この母親は悲しむだろうな。自分はこの人には、何も悪いことはされていないのに。。。やっぱり殺せない」
と思ったら、どうしても銃をひけなかったそうです。
身を隠して、戦いが終わるのを、夜が明けるのを、じっと待って。。。
しかし、夜が明けて、明るくなった時に。。。
父の目には、頭がなくなっている日本兵の姿が。
それは、父の一番仲の良かった軍友でした。
自分が身を潜めて戦いをしなかったばかりに、大切な友は中国人の部族に首をはねられていたのです。
あの戦争は、日本の兵隊が、中国人を殺しただけで、中国人は無抵抗と思っている方も多いでしょうが、
中国を守る為に、日本兵を狙う中国の部族がいたことは確かです。
頭のなくなった友を目の当たりに見て、心からすまないと思うと同時に、
殺さなければ、殺される、
それは自分だけではなくて、そのうち、
内地に残してきた家族、日本人すべてが殺されてしまうかもしれない
戦争は、綺麗事を並べている余裕なんてない
と、しみじみ思ったそうです。
何もしない一般の中国人、まして、子供や女性は、ひとりも殺したことはないけれども、銃撃戦になれば、父も人を殺したそうです。
自分の家族を、自分の友を、自分の命を守るために。。。
もっと、たくさんの話を聞いています。
従軍慰安婦に払う1夜の料金の差とか、
実は、一番悔しかった上官のしごきとか、
翌日には処刑されてしまう中国人のスパイからもらったものの話とか、
(ちょっとずつ、時々書いてみます。)
今のこの幸せな毎日からは考えられない第二次世界大戦。
日本が中国に対して謝罪しなければならない大変な罪をおかしたのは事実なのでしょうが、
あの戦火の中で死んでいった日本兵は、
私達日本人を守るために、必死だったのだ
という事も心にとめておかなければいけないと思います。
あー、私はー別にー右でも左でもありませんよ。(笑)
内緒(^^)のコメントやメールを下さった方々、
ありがとうございます。m(_ _)m
皆さんのブログの方に、お邪魔しますね。^^
お陰様で、父は順調に回復をしております。
完全看護の病院なのですが、年齢が年齢なので、許可を頂きまして、
私も一晩、病院に泊まりました。
父とふたりだけで、こんなに長い時間一緒だったのは、本当に久しぶりでした。
父の事をこのブログに書きたいな、と思うと、やはり戦争の事になってしまいます。
ちょっと真面目な竜海になって、戦争のお話を書きたいと思います。
(面白くないわよ〜〜笑)
私の父は、大正生まれです。
鹿児島の半農半漁の家の長男として生まれ、兄弟は、10人以上。
地元の小学校を卒業して、上京。
知り合いの家から、東京の学校に通い、大学は、ある政治家の書生をしながら、通っていました。
大学卒業後、就職。
しかし、その時をまっていたかのように、赤紙が父の元にもやってきました。
陸軍兵として中国内陸へ。
戦争を体験したひとりです。
今の時代、実際に戦争を体験した人の生の話って、なかなか、聞くことが難しいと思います。
私は、父親が40過ぎに生まれた子供でしたから、
同年代の人に比べれば、沢山、戦争の生の話を聞いて育ちました。
戦争の話は、子供の私には、大変衝撃的な内容ばかり。
それでも、たぶん、感受性の強い私を思って、父は、残酷な部分はかなり省いて話してくれてたと思います。
よく、聞かされたことをちょっと書きます。
テレビの戦争ドラマの中では、兵隊さんは、死ぬ時、
「天皇陛下、ばんざい」
と言って、死んでいきますが、こんな人は、滅多にいない、と。
なかには、半分やけになって、大声でそう口走って、亡くなる人もいたそうですが、
ほとんどの兵隊さんは、
「おかあさん」
とちいさく呟いて、死んでいったそうです。
陸軍といっても、毎日、銃撃戦をしていたわけではなく、
ほとんどが、歩いてばかりの毎日だったそうです。
初めて、銃撃戦になって、逃げていく中国人の背中に銃口を向けた時、
父は、
「この人にも、家族がいるんだろうな。ここで、自分がこの人を撃ち殺したら、この母親は悲しむだろうな。自分はこの人には、何も悪いことはされていないのに。。。やっぱり殺せない」
と思ったら、どうしても銃をひけなかったそうです。
身を隠して、戦いが終わるのを、夜が明けるのを、じっと待って。。。
しかし、夜が明けて、明るくなった時に。。。
父の目には、頭がなくなっている日本兵の姿が。
それは、父の一番仲の良かった軍友でした。
自分が身を潜めて戦いをしなかったばかりに、大切な友は中国人の部族に首をはねられていたのです。
あの戦争は、日本の兵隊が、中国人を殺しただけで、中国人は無抵抗と思っている方も多いでしょうが、
中国を守る為に、日本兵を狙う中国の部族がいたことは確かです。
頭のなくなった友を目の当たりに見て、心からすまないと思うと同時に、
殺さなければ、殺される、
それは自分だけではなくて、そのうち、
内地に残してきた家族、日本人すべてが殺されてしまうかもしれない
戦争は、綺麗事を並べている余裕なんてない
と、しみじみ思ったそうです。
何もしない一般の中国人、まして、子供や女性は、ひとりも殺したことはないけれども、銃撃戦になれば、父も人を殺したそうです。
自分の家族を、自分の友を、自分の命を守るために。。。
もっと、たくさんの話を聞いています。
従軍慰安婦に払う1夜の料金の差とか、
実は、一番悔しかった上官のしごきとか、
翌日には処刑されてしまう中国人のスパイからもらったものの話とか、
(ちょっとずつ、時々書いてみます。)
今のこの幸せな毎日からは考えられない第二次世界大戦。
日本が中国に対して謝罪しなければならない大変な罪をおかしたのは事実なのでしょうが、
あの戦火の中で死んでいった日本兵は、
私達日本人を守るために、必死だったのだ
という事も心にとめておかなければいけないと思います。
あー、私はー別にー右でも左でもありませんよ。(笑)
