小太朗の病気 最後に。
2008年07月06日 (日) | 編集 |
小太朗の運命、
5年前にペットショップで、私達と出会わなければ、小太朗は一体どんな一生を送ったのでしょう。
どんな飼い主とどんな暮らしをしていたのでしょう。
もっといい飼い主と出会っていれば。。。
広いお庭のあるおうちに飼われて自由にのびのびと走りまわっていたかもしれません。
健康のためとはいえ、ドッグフードしか私は与えなかったけど、手づくりの美味しいものをたくさん食べていたかもしれません。
いろんなところにドライブに連れていってもらったかもしれません。
好きなだけお散歩を楽しませてもらえたかもしれません。
お嫁さんをもらって小太朗にも犬の家族ができていたかもしれません。
・・・・・考えたら、きりがありません。
私と出会った小太朗は、はたして幸せだったのでしょうか?

現代、医学が大変進歩してきて、寿命が延びたのは、人間だけではなく、犬も同じだと思います。
雑種犬でしたら、15年は生きて当然のように言われています。
「血統書つきの犬(小太朗も実はついておりました)は、弱いからね~。
飼うなら、雑種だよ。」と小太朗が生きている時も、死んでからも、よく他人から言われました。
雑種で長生きをする健康な犬を飼えば・・・・・?

健康で20年近く生きて、全く手がかからず、可愛くて、大人しくて、賢くて、人間に従順な名犬よりも、私は、小太朗がよかったのです。小太朗が一番だったのです。
5年というのは、平均寿命よりはるかに短いものでしたが、
私にくれた幸せの大きさは、20年生きた犬のそれより小さくなんてありません。


赤ちゃんの時。私に抱かれています。



ちょっと大人の顔になってきました。



「小太朗」  振り向きました。



ちょっと幸せそうね。



このブログ(小太朗の病気)を読んで下さった方で、まだペットを飼った事がない方に、私からお願いがあります。
「この管理人のように、こんなに辛い思いをするくらいなら、犬やペットを飼うのはやめよう」
とは、決して思わないで下さい。
小太朗を失った悲しさはこのブログでお伝えすることができない位大きなものでしたが、
小太朗からもらった幸せも、それと同じくらい大きかったからです。

「こんなことなら、犬なんて飼わなければよかった。」
なんて、私は全く思っていません。


文章をまとめるのが下手で、ながながと、拙い文を並べてしまいましたが、
小太朗の病気を最後まで読んでいただきまして、
ありがとうございました。
小太朗の病気 その16
2008年07月06日 (日) | 編集 |
2008年5月6日
枕元の携帯の振動で目が覚めました。
見ると、動物病院から。
慌ててでると、
「小太朗君、駄目でした。」と沈んだ獣医さんの声。
声がでませんでした。

昨日からごはんをあげだしたのだから
きっと、これからは快方に向かうだろうと、期待して昨日帰ってきたのに。

主人を起こして、駆けつけました。

診察台の上で横たわっている小太朗を獣医さんが見つめています。
まだ、あたたかい。
エリザベスカラーを外された小太朗。
もう鬱陶しくないね。
4本の足は点滴のために毛をそられ、たくさんの針の痕があります。
痛かったね。

獣医さんが朝4時に見た時は変わりなかったそうで、
それから6時ちょっと前に見た時には、もう息をしていなかったらしい。
全く苦しんだ様子はなかったらしいし、穏やかな小太朗の死顔をみてもそれはわかったから、ちょっと救われることではあった。
朝の4時にも6時にも気にかけて下さった獣医さんには感謝はしましたが、
やっぱり最後は抱いててあげたかった。
ひとりで息をひきとる時、寂しくなかったかな?
そばにいてあげたかった。

「小太朗、お家に帰ろうね」

小太朗の病気 その15
2008年07月06日 (日) | 編集 |
2008年
4月29日(火)

やはりこの日も祝日で病院は休診なのに、
朝の面会を許してもらっていました。

かなり、辛そう。
私を見て、起き上がろうとするが起き上がることができない。
一生懸命こちらに体をもってこようとする。
扉を開けて、撫でてあげる。
下半身はかなり震えている。
痛いんだろうな。
呼吸も荒くなっているのが、わかる。

手術の傷がくっついてくれなくて、開いてしまったか、
違うところが、また、裂けてしまったかもしれない。

必要と思ったら、連絡なしに、手術をしてもいいかと獣医さんに聞かれます。
「すべておまかせします。」
とお願いしました。


4月30日(水)
朝、面会に行くと、小太朗は、いつものケージではなく、
診察室のすぐ横の酸素室に入っていました。
私を見つけると、よろよろと近づいてきます。
昨日は、立てなかったのに、今日は何とか立てた。
でも、酸素室なので、直接小太朗を撫でてあげることはできません。
なのに、小太朗は、ガラスに顔を近づけてくる。
エリザベスカラーがガラスにぶつかって、コツンコツンと音をたてます。
「小太朗、今日は無理なんだよ」と言いながら、ガラスごしに小太朗を撫でてあげます。
小太朗は、「それでもいいよ」と言ってるみたいに、ずっとガラスにエリザベスカラーをくっつけたまま目を閉じています。

獣医さんのお話の内容
前日の午後、開腹。
2箇所の縫合部分は全くついていなかった。
縫合した二箇所の間の部分はもうなかり酷い状態だったので、ここは切除、間の駄目になった部分をすべて取り除いて、つけた。
だから、今回縫合したのは一箇所だけ。
前回の手術では、時間が経つと溶けて吸収される弱い縫合糸を使ったが、今回は溶けない強い糸で縫い、そのうえから、あるものでカバーしたので、ここがまた開くことはまずないだろう。
あとは、体力が勝負。
はやく快復して、点滴だけではなく、口から栄養がとれるようになることを祈るだけです。

連休に入ってからは、長女がいつも私と一緒に病院に行ってくれていました。
次の日から、長女はお友達3人で旅行の予定です。
小太朗を心配してキャンセルしようとした娘に
「大丈夫よ。手術は成功したんだから、安心して旅行に行ってきなさい」
と言いながら、無理矢理、送り出しました。
大丈夫、そんなに簡単に小太朗は死んだりしない。
私は、自分自身にもこう言い聞かせていました。


5月1日(木)
ガラス越しに私を見つけるとまたよろよろと私のほうにきた。
でも、立っているのが辛いのだろう、ガラスの前でしゃがんでしまう。
ガラス越しに撫でてあげる。
じっと私を見つめている。
小太朗の目を見つめて頑張るんだよ、と心で言った。


5月2日(金)
酸素室に入っているのもあって、呼吸はかなり楽そうには見える。
下半身ももう震えていない。

獣医さんのお話では、痛みなどはもう全くないらしい。
ただ、体がかなり弱っている。たぶん体がだるいだろう、と。
おなかに付いている管から腹水が出ているのが気になる。

この10日間はずっと点滴を24時間したまま。
でも、こんなに点滴を続けていても、失われる量に追いつけないらしい。
あと、もう少ししたら、口から食べられるようになるから、そうなれば、大丈夫かも。
「小太朗君の生命力を信じましょう。」
と言われ、この言葉の意味に少し不安になる。
点滴だけでなく、輸血もしてくれているようです。

5月3日(土)
世の中、GWで家族で旅行に行かれる方や娯楽の話題でもちきりなのに、
やはり獣医さんは、「面会にきていいですよ」、と言って下さる。
この獣医さんにも小学生の可愛いお嬢さんがいるのを知っていたから、
「小太朗がこんなことになってしまって、すみません。
GWなのに、ご家族の方もいらっしゃるのに・・・。
すみません」
と頭を下げると、
「僕は獣医ですよ。これが仕事なんですから、申し訳ないなんて思わないで下さい。
それに小太朗君だけが入院しているわけではないから、全く気にしなくていいですよ」と
やさしく言って下さいました。

神奈川にいる長男も駆けつけてきました。


5月5日
やはりお休みの日なのに、朝の面会をさせて頂く。
もう、体をおこすこともできないようで、
じっと私を見つめたままだった。
息子や主人が小太朗に近付いても、目はずっと私を追っている。
家に連れて帰りたいな。
でも、この酸素室からでたら、やっぱり呼吸が苦しくなるんだろうし、
点滴をはずすことはできないし。。。
もう、少しの我慢だ。

前の日にお水をあげたら、すごい勢いで、喜んで飲んだことを聞いた。
食べ物も少しずつあげ始めたらしく、
これで、食欲がでてくれば、もう大丈夫かもしれない。
うん、明日はきっと、ご飯を食べてくれるだろう。
とちょっと期待しながら、家に帰った。

夜、長女が旅行から帰ってきた。
明日の朝は、家族全員揃って、小太朗の顔を見にいくぞ~と。
みんな早くにおふとんに入りました。

熟睡している(^^)



お座りしてます。まだ小さい頃です。

     

            <小太朗に病気 その16に続きます>
小太朗の病気 その14
2008年07月05日 (土) | 編集 |
2008年

4月25日

一日の内でも、非常に調子がいい時と悪い時の差がかなり大きいらしい。
私が会いに行っている時は、調子がいい時のようです。
でも、下半身がまた震えている。
手術の傷が痛むのかしら?
それともまた、別のところが裂けてしまうのかしら?

小太朗は私を見ると、よろよろと扉に近付いてきます。
開けると出ようとして、抑えるのが大変な程の力で押してきました。
お家に帰りたかったんだね。

エリザベスカラーをしているから、おでことおでこをくっつけることができません。
両手で顔中を撫でてあげました。

4月26日(土)
時折、かなり、痛がるらしい。
ひどい時は、固まって動かず、苦痛の声を出すらしい。
あんなに大人しい小太朗が声を上げるなんて。
余程痛いに違いない。

鎮痛剤の強いものは、今後の治療等を考えると使わないほうがいいそうですが、今のこの痛みをなんとかとってあげたい。

4月27日(日)
本当は休診なのに、前日、獣医さんは、
「朝9時頃なら面会にきてもいいですよ」、と言って下さいました。
この獣医さんは、飼い主の気持ちも大事にしてくれる優しい方です。
この病院の受付の女性も私は大好きでした。いつもにこにこされています。小太朗のことも、「コタちゃん、コタちゃん」ととても可愛がって下さいました。

小太朗は前日と同じ。
下半身はずっと震えています。

4月28日(月)
GWの間で、主人はこの日お休みをとっていました。
朝、一緒に小太朗に会いにいきます。
なんとなく、受付の女性や獣医さんの奥さんの様子がおかしい。
いつものように微笑みながら挨拶をしてくれません。

獣医さんの配慮のお陰だと思いますが、通常は1週間以上かかる生検の結果が届きました。

悪性リンパ腫

初めて聞く病名ではありません。
炎症性腸疾患の可能性が高い、とどの獣医さんも判断し、私もそうだろうと思って今まで1年半が過ぎてきましたが、
もし、炎症性腸疾患ではないとすると、他にはどんな病気の可能性があるのか?と質問した時に、この病名は聞いていました。ネットでも調べたことがあります。
首のつけねのところにできる悪性リンパ腫には罹る確率は高いが、消化器官のものは珍しい。
この病気にかかる確率の少なさに、まずありえないだろう、とだれもが疑いをもちませんでした。勿論、私も。
それに、今までの私の知識の中でのこの病気の進行の仕方と小太朗の1年半は合致しないところが多すぎる。
そんな、有り得ない、絶対、有り得ない。

頭の中が混乱したまま、
『病理組織検査報告書』という紙をもらい、
獣医さんの話を聞いているうちに
涙がボロボロとこぼれていました。

生検の結果は間違いない
小太朗は、悪性リンパ腫に確かに侵されている
大きな腫瘍なら、手術で取る方法もあるのだが、
開腹してみて、肉眼で全く綺麗な状態の腸だと思っても、小太朗の場合は、すべてリンパ腫にやられてしまっている。
手術はできない、というより手術のしようがない。
悪性リンパ腫は、腸だけではなく、もうかなり拡がってしまっている。
たとえ、抗癌剤がうまく効いたとしても、あと1年はもたない。



家に帰ると、私はもう布団の中で泣くしかありませんでした。
昼食の支度もなにもかも忘れる位に泣いたら、もう夕方、小太朗に会いに行く時間です。
泣き顔を見せたら小太朗は心配するだろう。
腫れ上がった目を冷たいタオルで冷やしながら、私は、この後の事を考えていました。
残された1年間、
小太朗の為にはどうしてあげることが一番大事なんだろう。
抗癌剤を使って苦しい思いはするけど、一日でも長く生きられるように延命治療に専念するか、
一年はもたなくても、苦痛を感じないように、鎮痛剤を使って、いつもの暮らしをさせるか。

気づけば、パソコンの前に座って、この病気の事を調べ始めていました。

ここもお気に入りだったね


                  <小太朗の病気 その15に続きます>
小太朗の病気 その13
2008年07月05日 (土) | 編集 |
2008年

4月24日

一睡もできなかった長い夜が明けて、病院に向かいます。
今朝は、昨日から比べると、かなり楽になっているようです、とのこと。
手術が終わってまだ10時間しか経っていないのに、
私を見つけると、立ち上がって、やはり扉に近付いてきました。
手術した箇所を舐めないように、首には、エリザベスカラーという大きな
メガホンみたいなものがつけられています。
これがかなり鬱陶しいらしく、しきりに首を振っています。
傷がくっつくまで我慢してね
おなかには痛々しい傷跡、そしてそこには管のようなものが付いていました。そこから、腹水がでるようになっているようです。
前日の夕方より、少し元気になったように見えます。
よかった

獣医さんから話がありました。
開腹したら、おなかの中には沢山の腹水がたまっていて、ぐしゃぐちゃの状態。
そして、腸の一箇所が破れていた、というより裂けていたそうです。
痛かったよね、だって腸が裂けちゃったんだもんね
「駄目な部分を綺麗にして、縫い合わせました。
 とりあえず、手術自体は成功しました。
 あとは、この傷がうまくくっついてくれれば、大丈夫ですね。」
この獣医さんの言葉と、小太朗のちょっとだけ元気になった姿を見て、私はとても安心してしまい、
「退院はあとどれくらいで、できますか?」という言葉まで口にしていました。

「うまく傷がつけば1週間くらいで普通は退院もできるのですが、
小太朗君の場合は、総蛋白の量が極めて低い中での手術だったので、
傷がついてくれるかどうかが心配です。まだ、安心はできません。」

と言われます。

また、この部分の他にも、もう少しで破れてしまいそうなところを見つけたらしく、そこの部分も縫い合わせたそうです。
そして、そこの駄目になりそうな部分の細胞と見た目では綺麗で何も問題のなさそうな部分の細胞を取ったので、生検にまわして調べてもらいましょう、と言われました。

実は、1年半前から、たぶん炎症性腸疾患だろう、と治療をしてきたわけですが、
この生検をすれば、はっきりとした病名がわかる、という話はその頃にこの獣医さんから聞いていました。
しかし、小太朗の場合は、総蛋白の量が極めて低いのと、体重の減少があまりにひどかったために、
開腹して生検することは、病名をはっきりさせるプラスよりも、命を落とす確立の方がはるかに大きいため、この検査をできませんでした。(これは、他の獣医さんも同じ意見でした)
そして、たとえ、はっきりとした病名がわかっても、治療方法は同じと聞いてました。

考えてみれば、今回の開腹は、やはりかなり大変な手術だったのだ、と改めて思いました。

でも、今回、どうして腸が裂けてしまったの?
もう少しでまた裂けようとしていた箇所があったというのは?
どうして?

この質問に、獣医さんは、
1週間後に、検査の結果がでれば、わかると思います。
としか答えて下さいませんでした。

今までのこの私のお話を読んでくださった方の中には、
もしかしたら、誤診だったのでは?
違う獣医さんなら、小太朗は助かったのではないか?

と思われた方もいらっしゃっるのではないかと思います。
私は、全くそんな気持ちはありませんでしたし、今もありません。
危険な手術をこの後もまたすることになりましたが、
この獣医さんにはすべての治療に対して、感謝しています。

また一緒に眠りたい


                 <小太朗の病気 その14に続きます>