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先祖が愚かだった福島県民は、我慢するしかないのでしょうか?

昨日、福島の実家に行ってきた。

震災後、初めて。

19日が父の日という事もあって、父親に会いに行くのが一番の目的。

本当は、私だけ電車で行こうと思っていたんだけど、
(夫のお父さんが亡くなって、最初の父の日なので、なんだか申し訳ないような気がしたから。)、
夫が、「車で一緒に行こう。」と言ってくれたの。
確かに、
車なら、
夫の実家の方(私の実家は浜通り、夫の実家は中通り、車で1時間くらいの距離)にも寄れるので、
お父さんのお墓参りもできる。
それならいい、
と車で出かけた。


19日は、高速1000円の最終日。
その前の日だもの、きっと混むだろうと、
朝、6時に家を出た。

でも、
常磐道は、混んでなかった。

そりゃあ、そうか。。。
この時期に、福島の浜通りに、わざわざ遊びに行く人なんて、いないか。

予定よりかなりかなり早くいわきに着いた。

ちょっとだけ寄り道をした。
浜の方に。

私の実家は海まで歩いて行ける距離にはないので、
今回、津波の被害はなかったんだけど(地震による家屋の被害はかなりあった。)
私達の思い出が沢山の、あの大好きな海沿いの町、お店、風景、
どうなってしまったのか、気になって仕方なかったから。
それは夫も同じ思いだったみたい。



テレビで映し出されていたあの津波によって壊されてしまった街並の映像は、
ほとんど岩手、宮城のものばかりだったし、
福島といえば、原発の話題がほとんどだったし。
福島は震源地からちょっと離れているから、
たぶん、
津波による被害は、それほどでもなかったんだろう、
と。。。
正直、そう思っていた。

ところが、高速を降りて…。
まず、浜に向かう道路が、歪んでいるのにすぐ気づいた。
街路樹はすべて傾いている。
地盤沈下が激しくて、
信号機が、地面から2~3メートルのところにあるのには、目を疑うほど。
背の高いトラックはぶつかってしまうわよね。

浜に向かうにつれて、
街並が、さらに、どんどん酷くなる。

そして、
通行止めの道路ばかりで、
行きたい浜までたどり着けない。

遠回りをしてなんとか着いた。


言葉を失った。

テレビのあの残酷な映像通りだった。

ショックだった。

すべて破壊されてしまってて、
以前、どう道路があったのかさえも、全くわからない。
3ヶ月経ったわけだけど、
何も手をつけていないように感じた。

でも、瓦礫の大きな山もできているのだから、
この状態までもってくるのも、きっと大変だったろう。
もっともっと酷い状態だったに違いない。


夫と海を眺めながら、珈琲を飲んだ喫茶店、
友人達と泊まった民宿、
あれはどこだったの?と捜してみても
全くわからない。


夏の海水浴シーズンだけ、臨時駐車場として校庭を開放していた学校が唯一残っていた。
この学校、
一階部分は破壊されてしまったが、
たぶん、2階か3階は大丈夫だったのだろう。
そこに向かう喪服を着た人に沢山会った
(帰宅後知ったのだが、ここで、100日法要が行なわれたようだ。)

喪服を着ていない私達が、
なんだかこの場にいてはいけないような、
なんとも切ない気持ちになって、浜を離れた。

決して、物珍しいもの見たさで、浜に向かったわけではなかったが、
現地の人達の心を思うと、
ボランティア活動をするわけでもないのに、
行ってはいけないところに行ってしまったような、申し訳ない気持ちになりながら、実家に向かった。

・・・・・・・・・・・・・・・





実家の父親は、ほとんど寝ていたが、
相変わらず、静かに、穏やかに過ごしていて、安心した。

お昼を一緒に食べて、兄夫婦と話をしていたら、
ぐらっ
かなり強い地震が。

震度4位は絶対あった筈。
私ひとりが慌ててしまった。
でも、現地の人間(兄夫婦と父)にとっては、震度4クラスの揺れは、もう驚くレベルではないようだ。
「これは、直下型だわね。」
と、言ったきり。
冷静だ。

そして、兄がこう言った。
「地震や津波によって亡くなった方は、本当にお気の毒だけど、
 たぶん、
 あと1年、3年、遅くとも数年の内には、街は復旧できる 
 と思うよ。
 一度離れた町民も、いつかは、少なくとも10年以内には戻って来られるだろう
 と思う。
 
 でも、
 原発はな。。。。
 原発のある街はな。。。
 何年かかるかわからないな。
 俺達が生きている内は…、無理だろうな。。。
 それどころか、ここを離れなくちゃいけなくなるかもしれないし。。」と。



【原発の設置によって、現地の人達は、それなりの恩恵を、今まで沢山受けていたのだから、
危ない、となった今になって、文句なんて言うんじゃないよ。】

と、批判する人がいる。

でもね、
その恩恵って、一体、どのくらいのものか、知ってて、言ってるのかしら?

それに、
原発設置の時、反対できた人って? 今、どうしてるの? 生きてるの?
だって、私が物心ついた時には、原発はすでにあったし。。。(私も反対の行動なんておこしていない。)
そして、原発は絶対安全なものと言われ続けてきたわけで。。。。
環境保持(地球温暖化を防ぐため)のためには、原発が一番よかろうと。。。
誰も(福島県民以外の方は勿論)、原発の危険性を、問うこともしなかったじゃない。

でも、やっぱり、
設置を許したご先祖様達がいけないのだろうか?

そして、

福島県民は、先祖が愚かだったから、孫子の代まで、苦悩しなければいけないのかしら?

もうすぐくる暑い夏、
「エアコンのない生活なんて、考えられない~。」
と、
1日たった何時間だけの計画停電(実施されるかどうかはわからないけどね)に、
都心の人(関東かな)は、嘆いているけど、
福島(市)の子供達は、
35度以上になる盆地に住んでいて、
長袖、長ズボン、マスクをつけて、登校しなくちゃ、いけないんだよ。


この子供達に、一体、どんな罪があると言うの?
この子供達が原発の存続を望んでいたの?

先祖が愚かだったから、仕方ないの?



福島の人は、普通に暮らしているようでも、
冷蔵庫の中に、(政府から配られた)ヨウ素があるんです。
みんな、不安を抱えながら、でも、どうしようもなくて、それを声に出せずに、生きているんです。

『被爆への不安は、どこに住んでいても同じ』と思っている人もいるようだけど、
比べ物にならないと思う。

【 2011/06/19 】 つぶやき | TB(-) | CM(-)