7年後の月
2013年09月20日 (金) | 編集 |
またまたお月見の話。

今でこそ、お月見に、お団子と丸い果物くらいしか飾らなくなりましたが、
行事ごとが大好きな私は、
子供が小さい頃(といっても2~3年前まで)は、
ススキを飾り、
お団子や、
栗・里芋・梨・林檎・葡萄・蜜柑などの丸いものを、
お月様の見えるところに飾ざり、
収穫に感謝しながら、
子供達と、食事をしたものです。

曇っていたり、雨降りの時は、
窓ガラスに、金色の色紙で作った大きな満月を貼って。(まるで幼稚園状態ね。)

アルバムを開くと、
沢山の行事の写真の中に、
お月見の時の写真もでてきて、
懐かしく眺めます。

その中に、所々ですが、
今は亡き母の笑顔を見つけることができます。

母は、福島に住んでいましたが、
孫の顔見たさに、年に何度か、遊びにきていました。
お正月とかクリスマスといった、大きな行事の時は、
さすがに、実家をでることはできませんし、
毎年、行事に合わせて遊びに来る、というわけにはいきませんでしたが、
それでも、何度か、
豆まき、ひな祭り、端午の節句、七夕、そしてお月見など、
私の子供達と、行事を楽しんでくれたものです。

その母が亡くなって、もう20年。
なんだか体の調子がおかしい、と
検査の為に、病院に行って、
2週間で帰らぬ人に。
病名は、癌。
癌で2週間で死んでしまうなんて。。。
と、当時、私達遺族の悲しみと、病院に対する不信感は、
大変なものでした。

その母が亡くなった歳まで、
私は、後7年。


後7年。
そう、ちょうど東京オリンピックが開催される年です。


東京オリンピック開催が決定してから、
「あと7年後、自分はなにをしているだろう。」
という話題をあちこちで耳にします。

悲観的すぎるわよ、と馬鹿にされそうですが、

私は、後7年後、
生きているだろうか。。。

と考えることが、最近特に多くなりました。

死んだ親の歳に近づくと、そう考える人って、
いますよね?
私だけかな。。。

もう、この歳になると、いつ何があってもおかしくない思うのは、
まだ早い?(苦笑)

でも、
心配性の私は、
残された家族が迷わないように、

最近、
【延命治療拒否の事前指示書】
というものを書きました。

これは、万一、私が、事故や病で、
自分の意思表示ができなくなった場合に、
この指示書を、医療関係者に提示してもらい、
私の望む(私の自己決定権を尊重した)死を迎えられるように努めてもらうためのもの。

基本的な考え方としては、
治療不可能な傷病におかされ、
回復の見込みがなく死が避けられない状態にある時、
延命のための治療を拒否することを希望。
ただし、緩和措置は優先。
その副作用のために死期が早まっても、十分に苦痛を緩和してほしい。
という感じ。

なんだか、これを書いたら、
逆に、
心が穏やかになれたの。不思議ね。

あと7年後の十五夜。
私は、また、母を思い出しながら、
お月見団子を食べているでしょうか。
あ、
月見酒を呑んでいるでしょうか。(笑)



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