「おかあさん。」

2014/02/19 Wed 02:40

少し前に映画化された【永遠の0】を本で読んだ。

あらすじは、皆さんご存知と思うので書きませんが、
元海軍中尉の話の中に、こんな一説がある。
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戦後、特攻隊員は、様々な毀誉褒貶にあった。
国のために命を投げうった真の英雄と称えられた時もあったし、
歪んだ狂信的な愛国者とののしられた時もあった。
しかしどちらも真実をついていない。
彼らは英雄でもなければ狂人でもない。
逃れることの出来ない死をいかに受け入れ、
その短い生を意味深いものにしようと悩み苦しんだ人間だ。

私はその姿を間近に見てきた。
彼らは家族のことを考え、国のことを思った。
彼らは馬鹿ではない。
特攻作戦で、回天の望みがないことくらいは知っていた。
彼らは、2・26事件の狂信的な青年将校たちではない。
散花のヒロイズムに酔った男たちはいなかった。
中には、死を受け入れるために、そうした心境に自らを置いた者もいるかも知れない。
しかし仮にそうした者がいたとして、誰がそれを非難できるのか。
受け入れがたい死を前にして、自らを納得させるために、
また恐怖から逃れるために、そうしたヒロイズムに身をさらしたからといって、どうだというのだ。
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私の亡父は、陸軍だった。
大学を卒業してすぐの赤紙。勿論、階級等は上ではなかっただろうから、
最前線で戦った兵士のひとりだったと思う。

私が父に戦争の話をしてほしいと頼んでも、
父はほとんど話をしてはくれなかった。

しかし、
ある日、一緒にテレビをみていて、
その中で、兵士が
「天皇陛下、万歳」
と叫んで、死んでいった場面を見て、

「天皇陛下、万歳」
と叫びながら、死んでいった者なんか、
俺の知る限りではひとりもいなかった。

みんな
苦しみながら息絶える最期は、
「おかあさん、」
と呟いて死んでいった。


と、【永遠の0】の本の中の、この元海軍中尉の話と全く同じ事を話してくれたことを思い出した。


父は軍歌も全く歌わなかった。
「【同期の桜】なんて、兵士の間で流行ったりしなかったぞ。」と笑っていた。
実際に戦地に行って、死と向き合った者は、歌わない、歌いたくない歌だったのかもしれない。
戦争は綺麗ごとではない。
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